地域読書(まちどく)講演会のお知らせ

近代医学の先駆者 土肥慶蔵先生

日時 平成31年2月23日 土曜日 午後2時から3時30分まで
講師 齊藤 隆 氏
会場 越前市中央図書館 学習支援室
費用等 聴講無料
定員 80名
申込 要申込
お申込み先
越前市中央図書館
電話:0778-22-0354 FAX:0778-21-2001
案内チラシ
主催 越前市中央図書館
【土肥 慶蔵(どひ けいぞう)プロフィール】

土肥慶蔵は、慶応2年(1866)、越前府中藩医の石渡宗伯(五代)の次男として、越前府中松原(現越前市天王町)で生まれた。号は鶚軒(がっけん)。

明治6年(1873)7歳のとき進脩小学校(現武生東小学校の前身)に入学。11歳で父を亡くし、母方の叔父・土肥淳朴(旧丸岡藩医)の援助を受け、14歳で上京。東京外国語学校に入った。

明治18年(1885)には、東京大学医学部(のちの東京帝国大学医科大学)本科生となる。ちょうどこの頃、同郷の渡辺洪基が東京帝国大学の初代総長となる。明治22年(1889)に土肥淳朴の養子となり土肥姓となった。大学卒業後、附属第一医院外科医局に入り、スクリバの助手となる。明治26年(1893)からヨーロッパ各地の大学に留学し、外科学・皮膚科学・皮膚医学・梅毒学・泌尿器科学を学び、明治31年(1898)に帰国した。

帰国後は、33歳で東京帝国大学医学部教授となり、「皮膚病梅毒学講座」を担当、大正15年(1926)まで在籍した。その間、若くして日本皮膚病学会の会長に就任。鱗状毛包性角化症などの新たな皮膚病を発見し、また、ムラージュの技術を考案して理化学的療法に先鞭をつけるなど、皮膚科学と泌尿器科学の開拓と後進の育成に努めた。大正10年(1921)には『世界梅毒史』を刊行し、国際的な注目を浴びる。

その一方で、郷里に対する思いは人一倍強く、まだ医学生だった明治20年(1887)、渡辺洪基の支援を受け「武生郷友会」を設立。東京神田(現新宿区)に宿舎を建設し、上京して勉学する郷里出身の学生を支援した。明治38年(1905)には、東京在住の福井県出身の医師たちと「若越医学会」を創設するなど、郷土医学界の人材育成に尽力した。また、慶蔵は漢詩への造詣も深く、『鶚軒游戯』など多くの作品を残した。昭和6年(1931)、東京で死去。66歳。

【講師略歴】
齊藤 隆(さいとう たかし)
郷土史研究家・越前市史編さん委員
1951年生まれ。1973年武生市に奉職(~2011)。郷土の人物を中心とした歴史資料の調査研究を行う。
武生郷友会、武生立葵会員。