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江戸の数学 和算大全

 日本に数学がもたらされたのは、飛鳥時代です。当時は数学をはじめとしてさまざまな学問が、中国や朝鮮との外交によって入ってきました。特に国の役人は、租税の必要性から、『九章算術』を教科書として学び、“算木” を使って計算を行っていました。室町時代になると、中国との貿易により“そろばん” が初めて伝えられ、計算が飛躍的に早く正確になりました。さらに戦国時代には、築城や土木工事が数多く行われたため、数学の必要性も高まり、より高度になっていきました。

 江戸時代初頭には、日本独自の数学である和算が成立します。鎖国をしていたため西洋の影響をほとんど受けずに、独自の数学文化が発展していきました。和算は当時、土木工事、天体、商売、農業に欠かせないものとして武士から庶民まで様々な人々が数学に興味を持ち学びました。また、趣味として和算を楽しむ人々も多く、問題と答えを絵馬にして神社仏閣に奉納する「算額」の習慣も全国各地に残されています。

 日本数学の祖といわれる毛利重能(生没年不詳)、数学やソロバンの教科書として作られた『塵劫記』を刊行した吉田光由(1598-1672)、和算家として著名な関孝和(不明-1708)、関の一番弟子である建部賢弘(1664-1739)、実際に教えながら旅をする遊歴和算家の剣持章行(1790-1871)など、江戸時代には多くの和算家が活躍しました。和算の愛好家がたくさん生まれた背景には、数学の優れた入門書『塵劫記』の存在が大きく、内容には数学遊戯と呼ばれる面白い問題がたくさん含まれており、読者の多くはこうした問題を解くことに夢中になり、さらに高度な和算を学ぶため勉強しました。そのため『塵劫記』は、江戸時代のベストセラーで多くの海賊版が出回るほどの大人気でした。

 算額に関しては、福井県内最古の算額がある大塩八幡宮(国兼町)、太子堂(平和町)、住吉神社(中津原町)、大虫神社(大虫町)、八幡神社(朽飯町)、刀那神社(寺地町)などに奉納されており、和算に熱心だったことがうかがえます。 今回、府中本多家の家臣であった藤田文内家をはじめとする、当館が所蔵する和算関係の版本を中心にご紹介いたします。

展示情報

展示期間
2026年5月8日(金)~2026年7月1日(水)
展示場所
越前市中央図書館 貴重資料展示コーナー
展示資料リスト
展示資料リスト(PDF)

展示物紹介

『和漢算法』
『量地指南』
『算法地方大成』
『古今算法記』
『測量集成』